巨匠ジョン・フォードが描く感動の家族愛。映画史における世界遺産ともいうべき極上の名品。

『わが谷は緑なりき』
“How Green was My Valley”
1941年/監督:ジョン・フォード

 わが谷は緑なりきは1941年製作の米国映画。監督はジョン・フォード。第14回アカデミー賞最優秀作品賞、監督賞、助演男優賞、モノクロ撮影賞、モノクロ美術賞、モノクロ室内装置賞を受賞したこの作品は、19世紀末の英国ウェールズ地方のある炭坑町を舞台に、貧しいながらも平和な日々を過ごす炭坑夫モーガン一家と、共に暮らす人間たちの物語。フォード監督が描こうとしたのは、この上もなく美しいモノクロームの光線に包まれた、善意と誠実さを貫いて生きる人間の姿と魂である。

この作品を古典などといって埃にまみれさせてはならない。家族の絆、故郷への愛についての、タフで繊細なフォード節が、神業としか思えない至上の美しさで視覚化されている。

 ウェールズの炭坑町に暮らすモーガン一家。末っ子ヒューもついにこの町を去るときが来た。彼はそこで過ごした50年の年月と思い出を振り返る。ボタで覆われた乾ききった褐色の町並み、疲弊したその風景に、ヒューのモノローグがかぶさっていく。
「目を閉じると現在は消え去り、懐かしい谷が見える。緑に染まった谷はウェールズで一番美しかった。そしてわたしはここですべてのことを父から学んだ。間違いや無駄なことは何一つなかった」。
 みずみずしいまばゆいばかりの光景、起伏のある斜面に咲き誇る水仙、煙突から幾筋もの煙がのぼるロンダ渓谷に広がる炭坑町を、ヒュー少年と父親が歩いていく。ウェールズ南部は昔から炭坑で栄えた土地柄であり、また歌好きの国民性から、男声合唱がことあるごとに美しい歌声を谷間に響かせている・・・。実に素晴らしい導入部だ。
モーガン家では幼いヒューを除き、父親と5人の息子たちは皆炭坑夫だった。労働は過酷で、しばしば落盤事故が起こる死と隣り合わせの危険な仕事であったが、彼らは自分たちが坑夫であることを誇りに思っていた。
 いつものように、石炭で真っ黒になった男たちが、坑口から仕事を終えて出てくる。いつものように、男たちは玄関で彼らを出迎える母に日当を手渡し、いつものように姉が沸かしたお湯で体を洗い、いつものように食事をする。
 優しいが作法には厳しい父親、こまめに手間をかける母親、豪華ではないが整えられた調度、通りから差し込む柔らかい光、壁や天井に映る木々のシルエット。食事が終わると片付けをし、父親からその日の小遣いをもらい、硬貨を握りしめて駆け出すヒュー。町の小さな雑貨屋には、色とりどりのガラスの瓶が並んでいて、オズの魔法使いそっくりの女主人とタフィーという何ともおいしそうなお菓子。この映画がモノクロだとは到底信じられない・・・。
 こうして物語はヒュー少年の目を通して、斜陽する炭坑町が、昔気質の父親と息子たち、仲の良かった家族の間の初めての対立が、父親をかばう母親とヒュー少年を見舞う突然の事故が、故郷をあとにする息子たちのアメリカへの移住が、長女の失意と婚礼が、ヒュー少年の文学への目覚めが、家族を担い炭坑夫となる自身が描かれる。
 筋立て(プロット)だけに目を奪われれば、次々と悲運に見舞われる、止めどもない悲惨なドラマに違いない。しかし、ヒュー少年の視線はあくまで美しく誇らしく、家族とともに働くこと、愛することの喜び、そして誇りを持って生きる人間への賛歌に満ちている。
 さて、こんなディテールの塊のような映画(つまり、人物の細部、性格描写、身振り、関係、動き、そしてその演出の方法を通した)を前にして、プロットだけを解説するほどつまらないことはない。ディテールに神宿るとは、まさにフォードの映画作法のためにあるような台詞だ。
 「わが谷は緑なりき」は1941年、第2次世界大戦中に製作された。当初はウェールズでのロケも検討されたが、英国本土が爆撃を受けていたということもあり、アメリカのサンタモニカ山脈の中に32万m2という巨大なオープンセットを作り上げた。製作費は当時で125万ドル。そして驚くべきことに製作期間はわずか2カ月。しかも、フォードは1895年生まれだから、何と46歳の仕事なのだ。さらにしびれるのは、フォードは出来上がったばかりのフィリップ・ダンのシナリオを読み、「考える限り完璧だな」といったというのだ。おそらく原作を読みはじめた時から、フォードの中ではさまざまな人物のディテールが次第に明晰になり、真実味を帯び、記憶の中で膨らみ続けたのだろう。
 例えばモーガン家の父親、とても魅力的な人物だが、きっとフォードは彼を演じるスコットランド出身の名バイプレーヤー、ドナルド・クリスプに対しこう言ったに違いない。「昔、こんな男がいた。パイプが好きで。頑固で昔気質でスト破りもしかねない、そして最後には落盤事故で無惨に死んでしまう。しかし信心深い、実に誇り高い男だった。ドナルド、そんな男に会ったことあるかい」。
 フォードが描く人物は、いかにも人間らしく見え、人間らしく振る舞い、人間らしく戸惑う。彼らはプロットや芝居染みたクライマックスに動かされるのではない。彼らはフォードが差し出すシチュエーションの中で、生身の人間として、彼ら自身の持つ矛盾、気ままな、何気ない振る舞い、生命の流れそのものと呼べるようなあるものに応え、動かされている。ヒュー(フォード)の視線がこのモーガン家の父親を愛し讃えてやまないのは、父親を演じたドナルド・クリスプが名優であるからではなく、パイプのくゆらせ方、聖書を読むたたずまい、歩き方、あの途方にくれる表情など、モーガン老という人物の細部、性格描写、身振り、関係、動きが、彼に、そこに宿ってしまっているからなのだ。