カツシンの座頭市に会いに行こう−。
2004年3月17日(水)から27日(土)まで、福岡市総合図書館で「勝新太郎映画祭」が開かれる。公開から40数年ぶりにスクリーンにカツシンがよみがえる『座頭市物語』。いっつぁんに会いに行こう。ということで今回は、偉大なカツシン座頭市に大いなる映画愛を込めて・・・。

型破りなアンチ・ヒーローを勝新太郎が熱演
『座頭市物語』 (1962年)

 ゴールデン・シックスティといわれた1960年代の幕開け。所得倍増計画、高度経済成長と急激な開発ラッシュ。まさに右肩上がりのドライブがかかりはじめた1960年安保闘争から1964年東京オリンピックに至る転成期。大衆映画たる時代劇にも、なぜか抗し難い時代の陰鬱(いんうつ)さが影を落としていた。
 1962年、三隅研次監督『座頭市物語』(大映)が公開された。暗い鬱々(うつうつ)としたモノクロームの世界。ここにはカラフルな衣装を身にまとう、白塗りの二枚目スターはいない。やや太り気味でずんぐりした体型、つるつるに頭をそった盲目の流れ者が仕込杖(しこみづえ)を手に、おぼつかなく、しかし、したたかな獣のように、どす黒い異貌(いぼう)を放ちながら登場した。
 座頭市・勝新太郎(以下、市)は盲目のやくざで、仕込杖を操る凄腕の剣客。市がわらじを脱いだ飯岡の助五郎は、やくざでありながらお上の十手を預かる男。対立する笹川の繁蔵一家には、用心棒として江戸から流れて来た孤高の浪人、天地茂扮(ふん)する平手造酒(みき)がいた。
 市と平手造酒が初めて出会う場面は、実に美しく、そして悲しい。やり取りはこうだ(重要な場面なので、採録風に)。

 白昼のため池、釣り竿を垂れる市の所へ平手造酒がやって来る。足音に聞き耳を立てる市。立ち止まる平手造酒。鳥がさえずるだけの静けさの中、一瞬不吉な気配が漂う。平手造酒は市の隣へ陣取り、釣り竿を垂れながら気軽に話しかける。市もこれに応じる。やがて、平手造酒が笠の下の市の顔をのぞきこみ、「貴公、目が悪いのか」と問う。「へい」と市。「それは不便な」と平手造酒が言った直後、「あ、引いとりますよ」と市。促されて竿を上げると小鮒(こぶな)がかかっている。「目が見えぬのにどうして」と問う平手造酒に、「ただそんな気配がしたもんで」と答えて笑う。二人はお互いが飯岡と笹川の客分であることを語り合う。そのうち、平手造酒のうつろな笑い声に、市は「もしやお体が悪いのじゃござんせんか」と問う。平手造酒は一瞬、市に鋭い視線を投げかけ、別に異常はないと否定するがまもなく激しく咳き込む。

 この短いやりとりの中に、お互いの生きざま、身を置く場所が見事に描かれている。釣り糸を垂れる二人の男を包み込む白昼の静けさ、小鳥のさえずりがのどかであればあるほど、悲痛に暗い死の気配が立ち込めてくる。
 やがて二人は、飯岡と笹川の出入りで死を突き付け合う。市は平手造酒の病状を案じて・・・、平手造酒は銃の狙撃から市を救うために・・・。小さな橋の上で二人は向き合う。市はゆっくりと平手造酒に頭を下げる。いまは無惨な姿をさらす平手造酒への敬意であり、死への旅路への儀式であるように。

 間。鞘(さや)からぬかれた刀身がほとんど水平に空を斬り、吸い込まれるように鞘に納められる。間。

 市の居合いが一瞬早く、斬られた平手造酒は市の背中に寄りかかり、最後の言葉を呟く。「つまらぬ奴の手にかかるより、貴公の手にかかりたかった。見事だぞ・・・」
 二人は、死を介して心を通わせ合っていた。
 平手造酒をねんごろに葬り、仕込みのドスも手放し旅を続ける市は、果して生きているのか・・・。
 忘れ難いシーン。月明かりの野道で、市が優しくしてくれる娘・万里昌代を送る場面。上手(かみて)に娘、下手(しもて)に市が配置し、画面の上手上にはとてつもなく大きな月が皎々(こうこう)とさえている。娘は顔を見たいという市の手を自分のほおにあて、市は娘を「べっぴんだ」とたたえる。死の世界を生きる市がはつらつたる生を生きる娘のほおに優しく手を差し伸べ、手触りで生の輝きをたたえるほかない悲痛さ、その情景がまがまがしく美しい。
 ラストシーン。街道で待つ娘を置き去りにして、市は街道沿いの山道を這いずり逃げまわる。獣のように、どす黒い異貌を放ちながら・・・。
 子母沢寛の随筆集「ふところ手帳」をもとに映画化され、盲目で居合抜きの名手という型破りなアンチ・ヒーローを勝新太郎が見事に演じたこの作品。大衆の支持で『座頭市物語』は大ヒット、「座頭市」シリーズの記念すべき第一作となった。以降このシリーズは第26作(1989年)まで続く。