そのU・・・フランスの近代化

 社会保障といえば、必ず出てくるのが、近代市民社会というものです。これを読んでいる皆さんは、その辺りは詳しいでしょうから、触れません。ただ、今でも、よく出てくる事柄を紹介しつつ、“「身分」から「契約」へ”ということに思いを巡らせていただきたいと思います。
 まずは、写真@です。これは、今年のメーデーのものです。場所は、バスティーユ広場です。ご存じの方も多いと思います。ここは、以前は、イングランドからパリを守るための要塞として使われていたそうですが、その後、リシュリューの時代以降は、政治犯の牢獄として使われていたそうです。1789年7月14日に民衆が蜂起して攻撃・占拠の対象となりました。これがフランス革命の出発点とされています。細かくいうと、いろいろあるらしいのですが、一般的にはそのように言われています。
 そこから、100年後、パリの万博を記念して、多くの応募の中から「エッフェル塔建築」が選ばれました。その時期は、現代福祉の基礎をなすような「視力検査表」、「聴覚検査法」、「知能検査」などの基礎が出来上がり、世界標準というものが出来上がっていきました。いわゆる、「市民像」の誕生です。その時点で、平等を担った「市民」「ブルジョア」のほかに「プロレタリア」がいるなんて…、というものが、その後の福祉国家の前の時代の一般的説明です。その時代、エッフェル塔も、いわば、近代の総決算というものだったわけです。過去、万国博覧会はパリで何度も催されていますが、エッフェル塔のこともあって、1889年のものが有名です。この300メートルを超える鉄塔は、万国博のしばらくあとには、取り壊すことが予定されていました。ところが、当初の(一部の人々にとっての)不人気をものともしない人気もあって、壊されることはなく、今日でも健在です。今では年間600万もの人々が訪れる名所となっています(写真A)。
 今年は、120年目ということで、14日の「花火」にも力が入っていたようです(写真B)。
 前回書きましたが、その“「身分」から「契約」へ”から、介護保険について言われる“「措置」から「契約へ」”が生まれたかどうかは知りませんが、ほぼ100年くらいのスパンで大きな波が来ています。現代は、19世紀末から20世紀初頭の「近代の総決算」というもの自体が、見直しを迫られている時期のようです。

[写真@] バスティーユ広場(今でも、デモの最終地点となることが多い)
[写真A] 120年目を迎えたエッフェル塔(モンマルトルから)
[写真B] 革命記念日:7月14日の花火(モンマルトルから)