元連合軍捕虜だった豪州人ジョー・クームスさん(88歳)らが6月16日に来福し、桂川町の麻生吉隈炭鉱跡や、麻生首相の親族会社である麻生などを訪れた。今回の来福にあたり、自治労遠賀川総支部役員も理事を務めるNPO「無窮花の会」が地元で受け入れを行った。
 クームスさんは1942年2月、シンガポールで捕虜となり神戸、川崎造船所などを経た後、1945年3月から麻生首相の父が経営した旧麻生鉱業の吉隈炭鉱で使役された。炭鉱では昼夜2交代の12時間労働を強いられる反面、わずかな食料しか与えられず、80kgだった体重は48kgまで激減。あと数カ月、日本の敗戦が長引いていたら、命はなかっただろうと回想されている。麻生鉱業は敗戦間際に捕虜300名を使役していたが、当時の労働に対して賃金を支払っていないばかりか、これまで連合軍捕虜や朝鮮人の強制連行、強制労働の存在自体を認めてこなかった。事実が明らかとなったのは、2008年12月16日、民主党藤田幸久議員の質問に対し、厚労省援護局が旧俘虜情報局から引き継いだ資料を開示してからである。
 クームスさんは終戦以来64年ぶりの来日で、麻生首相に面会を求めたが拒否された。また、2月に麻生首相に送った強制労働への謝罪、不公正に対する補償金、未払い賃金などを求める手紙もいまだに返事は届いていない。現在の麻生グループの基礎は、旧麻生鉱業が得た莫大な利益を基に成り立っているにもかかわらず、クームスさんの訪問に対して「麻生鉱業と麻生は法的つながりはない。捕虜の存在も確認できていない」と答えた。その後、収容所跡を訪れ、当時のことを記憶している住民と交流した。

麻生邸を訪問
地元住民と収容所のエピソードを語り合う