椿

 遠い遠い遥(はるか)か昔、弓なりの日本列島は照葉樹に満ちていたといわれています。その中でも、濃い緑の葉に、赤い花のやぶ椿は、ひと際目立ち、人々の心を捉(とら)えたに違いありません。
 「巨勢山(こせやま)のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は」。701年、持統上皇が紀伊への旅の途中に春の訪れの喜びに満ちた椿を詠(よ)んだ歌だとされています。「つらつら」とは、葉が春の光りに照らされて光り輝くさまや、花が明るく陽に映える様子を表しています。
 椿は「艶葉木(つばき)」から、春を告げる花木として「椿」という文字になったといわれ、今では、華やかな大輪をつけるものから、清楚な白、斑入りのものなど、88種の椿があるそうです。
 また、椿は「神が宿る木」として、今でも民間信仰で「霊木」とされ、かの柳田国男は「南に群生していたであろう椿が、黒潮の力を借りて北限(青森県)まで自生した。その姿を見た南からの移動民は、懐かしさから、椿の山、椿の崎に祠(ほこら)をつくり、祀(まつ)ったのではないか」と述べています。
 いずれにしても、椿は今でも日本列島の各地に、ひっそりと太古の森の姿を残し、日本人の心の基層に語りかけています。永い時間の帯を今に残す椿の群生、一度は訪ねてみたいものです。