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注連縄(しめなわ)
藁(わら)を見ると、何となくホッとします。ふるさとに帰ってきたような、暖かい感覚を覚えます。
収穫を終えた田んぼに美しく積まれた藁の山、雪よけのため木に巻かれたむしろ、運動会や花見に広げたござ。藁は稲作文化ならではの日本の美の象徴であり、心のふるさとであるような気がします。
藁といえば、「注連縄=しめなわ」ですよね。(※年縄・標縄とも記す)新年を迎えるための注連縄。神話によるとアマテラスオオミカミを天の岩戸から迎え出して、再び隠れられないようにと、縄を引き渡したという説。また万葉集では、一定の区域を占有し、他と区別する場合に注連縄が用いられたようです。
注連縄には、特別な場所の印、聖域を表わすものの象徴的な表示で、一種の神聖な性質が付与されるといいます。昔からの伝承で、大きな岩や祠(ほこら)、大木など、神の存在を表示する聖域に張られています。注連縄そのものも、神聖なものとされ、ひとたび引き渡され、張られたものは、これを取り替えないのが古例といわれています。現在では、単なる装飾の場合が多いのですが、古来「神聖なる神の場」は聖域なので、むやみに立ち入ってはならないという印としてもあったそうです。わたしたちの祖先は、その土地の「場」「聖域」を大切に育んできたのですね。そのおかげで、今も全国各地に保存されている神社・仏閣、地域の中には、祠や大木が大切に残されています。鎮守の森や里山、小動物が生息する場が残されている。そう言う意味でも、ある種の聖域は、人間が生きていくためには必要なものかもしれません。
注連縄の造形の美しさも、また地域性があり手技の妙が光っています。シンメトリーに渡されたシンプルな藁の縄には、たくさんの思いが詰まっています。神妙な気持ちにさせる「藁の美」=「注連縄」は、日本の美の文化の基層ではないかとさえ思わせます。
今、わたしたちは時間に追われる毎日を送っています。新年を迎え、自らの暮らす地域で、ついつい忘れがちな文化や民俗伝承を、もう一度見つめ直してもいいのかもしれません。
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